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大津地方裁判所 昭和41年(わ)288号 判決 1968年8月27日

被告人 崎山三治

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、

「被告人は、昭和三七年四月頃水道工事などを営業とする久保田水道瓦斯工業株式会社(以下久保田水道と略称)大阪営業所の営業次長となり、昭和四一年四月久保田水道が久保水建設株式会社と商号を変更し、大阪営業所が大阪支店となつてから同支店営業部長として、水道工事の競争入札における入札などの業務を担当しているものであるが

第一、久保田水道が安田株式会社、進弘企業株式会社(以下進弘企業と略称)、浅野工事株式会社(以下浅野工事と略称)、エタニツト建設株式会社(以下エタニツト建設と略称)及び株式会社昭和工業所(以下昭和工業と略称)とともに、草津市が施行する昭和三九年度同市第二期上水道工事の指名競争入札における競争入札人に指名されたので、同市側の現場説明を受けて、指名競争入札が執行されたならば二億一〇〇〇万円程度で落札されるであろうとの見通しをたてたにも拘らず、右指名競争入札における公正な価格を害する目的をもつて、右工事の指名競争入札執行の前々日頃である昭和三九年九月一六日頃大阪市西区京町堀一丁目四六番地京宝ビル内社団法人関西水交会事務所において、安田株式会社営業係滝田寿夫、進弘企業取締役安井清勝、浅野工事営業課長稲場育郎、エタニツト建設大阪出張所営業係増山昭男及び昭和工業営業課長青木幹一郎と協議のうえ、落札者を久保田水道とし、入札金額は久保田水道の指示する額とする旨協定し、ついで同月一八日右草津市草津町五五五番地所在の草津市役所において、右指名競争入札に先立ち、別表(一)記載のとおり、久保田水道の入札金額を決定したうえ、他の競争入札人に入札金額を指示し、もつて談合し、

第二、久保田水道が、安田株式会社、進弘企業、エタニツト建設、昭和工業及び株式会社三星設備工業社(以下三星設備と略称)とともに滋賀県甲賀郡石部町が施行する昭和三九年度上水道工事の指名競争入札における競争入札人に指名されたので、同町側の説明を受けて、指名競争入札が執行されたならば、二一五〇万円程度で落札されるであろうとの見通しをたてたにも拘らず、右指名競争入札における公正な価格を害する目的をもつて、右工事の指名競争入札執行の前日である昭和三九年一〇月六日前記関西水交会事務所において、安田株式会社営業係前記滝田、進弘企業営業係当麻恵司、エタニツト建設大阪出張所営業係前記増山、昭和工業営業課長前記青木及び三星設備代表取締役岡本直之と協議のうえ、ひとまず落札者は久保田水道と三星設備との間の爾後の協議に基づき右二社のいずれかに決定する、入札金額は落札者の指示する額とする旨協定し、ついで被告人及び右岡本において協議を遂げた結果久保田水道から右岡本に対し、いわゆる談合金五〇万円を提供する条件で久保田水道を落札者とすることについて同人の了承を得、同月七日右石部町大字石部一、三八一番地所在の石部町役場において、右指名競争入札に先立ち、三星設備を除く他の競争入札人に対し、久保田水道が落札者と決定したことを告げて別表(二)記載のとおり、久保田水道の入札金額を決定したうえ、他の競争入札人に入札金額を指示し、もつて談合し

たものである。」

というのであり、右は第一の事実中「指名競争入札が執行されたならば二億一〇〇〇万円程度で落札されるであろうとの見通しをたてたにも拘らず、右指名競争入札における公正な価格を害する目的をもつて」談合したとの点ならびに第二の事実中「指名競争入札が執行されたならば、二一五〇万円程度で落札されるであろうとの見通しをたてたにも拘らず、右指名競争入札における公正な価格を害する目的をもつて」談合したとの点および「久保田水道から右岡本に対し、いわゆる談合金五〇万円を提供する条件で」久保田水道を落札者とするについて同人の了承を得たとの三点を除いては、被告人の当公判廷における供述、被告人については第一回、証人稲場育郎、同安井清勝については各第三回、同竹田政登については第四回の各公判調書中の供述部分、証人竹田政登、同青木幹一郎、同滝田寿夫、同岡本直之、同増山昭男、同当麻恵司の当公判廷における各供述、中西敏夫、藤本安彦、芝崎治雄の検察官に対する各供述調書ならびに、押収してある草津市上水道建設事業第二期工事に伴う指名業者工事入札関係綴および昭和三九年度上水道拡張工事関係書類綴(昭和四一年押第六三号の一および一二)により、すべて明らかにこれを認めることができる(なお、公訴事実中「三星設備株式会社」とあるのは「株式会社三星設備工業社」の誤記と認める。)。

そして右三点については被告人、弁護人において極力これを争い、本件は刑法九六条の三、二項にいわゆる「公正なる価格を害する目的をもつて」談合したものに該当しない旨主張しているところであるが、右争点ひいては本件全体の帰趨は結局右条項にいわゆる「公正なる価格を害する目的」の意味の解釈如何にかかつているものというべきである。

そこでまずその点について考えるに、同条は、その制定の経緯よりするも、またその明白な文理よりするも、経済取引の一環である公の入札における談合に二種を認め、一はこれを違法なものとし刑罰を用いてまでこれを禁圧しようとするのに反し、他はこれを適法な経済取引活動としこれに干渉しないこととするものであることは明らかであり、その差異は同条にいわゆる「公正なる価格を害する目的」の存否如何にのみ存するのであるから、如何なる事実をもつて右目的ありと解するかは、国又は地方公共団体など公の機関の公共事業その他の取引が我国経済社会の取引全体において占める比重の小さくないだけに、単に本件の如き建設業界の問題のみにとどまらず、ひろく我国経済社会の取引生活全体に深甚な影響をおよぼすものといわねばならない。

従つて右目的の解釈にあたつては、法律家的道義的な感覚からのみ結論をいそぐあまりに、実社会における経済人的合理的な常識から乖離し、法秩序全体の観点からは敢て刑法の干渉すべきでないと見られるような取引生活にまで徒らに刑罰をもつて介入し、経済社会における取引生活の法的安定性を害する結果を招くような結論を導き出すことは、当然これを避けるべきである。

そこで問題を本件の如き上水道工事の公の入札に限つて建設業界一般の取引生活の実態をみるに、前掲証拠ならびに被告人および証人藤村重一の当公判廷における各供述(被告人については第一二回公判期日におけるもの)によれば、建設業界においては上水道その他の全受注量の大半を国又は地方公共団体など公の機関の発注に負つており、しかも公の機関との間の工事請負取引は、著しく小規模な工事でない限り、ほとんどいわゆる指名競争入札の手段がとられているので、業者はこれに集中し、もし指名業者らにおいて事前に何らの協定もすることなく入札に臨むときは、いきおい過当競争に陥り、単に個人的に有利な諸事情を利して他より実費を合理的に切りつめるにとどまらず、利潤を削減、無視してまで落札しようとし(業界にいわゆる叩き合いの競争入札)、いわゆる出血価格で受注することとなつて、これを続けるときは或は手を抜いて粗悪な工事を為し、或は工事中途で倒産するなどの結果を招くのは必然であり、現実にも以前より右の如き粗悪工事或は倒産といつた事例が跡を絶たなかつたことから、これを避け、一方では通常得られるべき利潤を確保して業者を護り、他方では完全な工事を行つて施主たる公の機関の満足を期することを目的として、指名を受けた業者が入札前に話し合い、その内より落札予定者を定め、右落札予定者は実費に通常の利潤を加算した見積り額で入札し、他の者はこれより高額で入札する旨協定するいわゆる談合が行われるようになり現在に至つているものであることが認められる。もちろんその間には、右の目的を逸脱し指名業者相謀つて不当に高額な最低入札価格を定め、或は当初より落札予定者からいわゆる談合金を得る目的で協定を為し、落札予定者は右談合金額を見込んで最低入札価格を定めるなどの談合も相当ひろく行われたであろうことは、同条に関する後出その他の裁判例からも察するに難くない。後述するように、そのような談合が本条に該当することについては多く異論のないところであろう。しかし、前掲証拠によれば、少くとも全国建設業協会に属している程度の建設業者が指名を受けるような規模の工事の場合には、右協会の各地の支部において(特に本件の如く指名業者中に関西一円の水道事業専門の業者で組織する関西水交会の会員が多いときは、前記認定の如く右水交会において)、事前の話し合いが一〇〇%連日のように行われ、しかもその内談合不調に終るのは一〇%に満たない実状にあることが認められるのであるから、成立した談合のうちには、前記の如く単に落札予定者を定め、他はその者より高額で入札することを約するだけのものも多数あるであろうこともまた察するに難くない。そして、同条解釈上の問題点もまた、そのような談合を如何にみるかにある訳である。

そこでなお実状を仔細にみるに、前掲証拠によれば、業者側は工事を請負うにはまず指名を受けねばならないが、指名は請負いたい工事についてだけ願い出ても必ずしも直ちに受けられるものではなく、たとえ落札しなくても一の公の機関から指名を受けておくことがそれ自体実績となり、次に他の公の機関より指名を受ける可能性を生みだし、その積み重ねによつて請負いたい工事につき指名を受けることとなるのが実状であつて、結局請負いたい工事につき指名を受けるには常時いずれかの公の機関から指名を受けていなければならないこととなるため、実際には請負う意図のない場合でも、あらかじめ多数の公の機関に指名願を提出するものであるのに対し、他方公の機関側は、主として工事の規模に見合つた資本金、工事能力、実績などを基準として、指名願を提出した多数業者の内から五ないし一〇社を選定して指名するのが通例であるため、右の内には、例えば他に工事継続中などの事情から、実際には落札する意図の全くない業者が通常多数含まれており、しかもそのような業者は、能力などを疑われ将来他の公の機関から指名を受けられなくなることをおそれて、指名を辞退するというようなことは通常しないこと、話し合いの際それらの業者は最初から落札予定者たり得べき地位を他に譲り、残つた落札希望の数社が話し合うこととなるが、その場合結局、工事地との地理的関係、資材仕入の関係などで個人的に最も有利な事情を有し、それによつて他より実費が削減でき、採算を無視しないでせり合つた場合本来最も低廉な入札価格を申し出得べき業者に他社が譲ることによつて落札予定者が定まるのが通常であること、落札予定者となつた業者は、公の機関より指名業者に交付される設計書および公の機関の行う現地説明から知り得る現地の地形、地質などをもとにし、右の如き当該工事について有する具体的諸事情を考慮のうえ工事実費を算出し、これに通常の利潤を加算した自社の見積(いわゆる積算)額を入札価格とすること、他社はこれより高額で入札することを約する訳であるが、右の如く落札予定者たり得べき地位を譲り合うことは、業界では貸し借りと称され、右の場合の他社の貸しは、連日のように行われている右の如き話し合いにおいて、逆に自社に有利な工事を右落札予定者から将来譲つてもらい、或は以前に譲つてもらつたことの借りで結局は決済されるものであること、右の如くにして業界においては、通常の利潤を確保し、工事の完全施工を期するとともに、全受注量において大きな比重を占める公の機関施行の工事を業者間に適当に配分し、もつて企業体としてのかなりの規模の組織を維持しているものであること、これに反し、いわゆる売名、面子或は工事代金債権を負債の担保に供するため敢て出血受注をしようとするいわゆる自転車操業など非合理的な目的を有する業者が譲らず、談合不調となる前記一〇%弱の場合は、結局その業者が利潤を無視して落札することになり、しかもそのような出血受注を続けることによつて倒産する業者は、最近でも毎年かなりの数にのぼつていることなどの諸事情が認められるのである。してみれば右の如き談合はまさに、公の入札制度に対処し、通常の利潤の確保と業者の共存を図ると同時に完全な工事という入札の最終目的をも満足させようとする経済人的合理主義の所産であるといわねばならない。

しかしながら、右の如き談合は、入札前において落札予定者および最低入札価格を協定してしまうものであり、また右認定の如く入札前に協定をしなければおそらく得られなくなるであろう通常の利潤を確保する目的で為されるものである以上、協定がない場合に落札すべかりしおそらく利潤を含まないであろう価格を通常の利潤分だけとはいえ引き上げる目的をもつてなされるものとみざるを得ない。従つて、もし同条は何ら事前の協定のない純然たる自由競争入札を保護するものであり、同条にいわゆる「公正なる価格を害する目的」とはそのような純然たる自由競争によつて落札すべかりし価格を多少でも入札施行者にとつて不利益に変更しようとする意図をいうものであると解するにおいては、右の如き談合は悉くこれに該り許されないものということになろう。

然るに、かかる事前の協定を禁じ、純然たる自由競争入札を強いるならば、前に見てきた如く必然的に業者は過当競争に陥らざるを得ない。従つて、かく解すれば同条は事実上刑罰をもつて営利会社である業者に公の機関に対する出血受注を強制するものということになろう。また、常識的にみても、右のような貸し借りの協定が許されないとすれば、業者は次に何時工事が受注できるかまつたく予測がたたないことになり、おそらく大規模な組織を有する企業体としては存続を許されないこととなろう。

右の如き解釈においては、経済社会の取引生活に対する刑罰権の発動についての私人保護ひいては取引生活における法的安定性の観点が全く欠落しているものといわざるを得ない。即ち、問題は、同条が公の入札制度と業者の双方を如何なる意味においてそれぞれ保護しようとするものであるか、に存するのである。

惟うに、公の入札というもそれは要するに公の機関が契約(本件では請負)の相手方を選び出す手段に外ならないのであるから、必ずしもそれ自体刑法上絶対的に保護されねばならない理由はなく、その目的を達成するに必要な限度で保護を加えれば足りる筈である。

そして公の機関が入札を手段として期する目的は、結局のところ最も妥当な請負契約即ち最も完全な工事を遂行するであろう当該工事につき最も有利な個人的事情を有する業者を選択し、その者との間に最も低廉な実費に通常の利潤を加算した価格で請負契約を締結することにつきる筈であり、それ以上に進んで業者に利潤を無視した出血サービスを強要する理由は何もない筈である。また、右の理は随意契約の手段がとられる場合でも同様であり、たゞ右目的の達成が随意契約に至る折衝の過程に全面的に委ねられる点が異なるだけで右目的自体に何ら変りはなく、もともと入札、ことに通常行われている本件の如き指名競争入札は、本来随意契約において右目的達成のために為さるべき個々の業者との個別的な折衝を集団的に一回で済まそうとする技術的な手段に外ならないのであるから、入札によつたからといつて、随意契約による場合に比し、業者の損失において公の機関がより多くの利得を得るべき理由もまたない筈である。結局のところ、公の機関が入札を手段として得べき利益は、業者が合理的な根拠により実費を(利潤をではなく)削減し得る限度にとどまるべきものといわねばならない。

他方、業者保護の面からみても、営利会社である業者が工事請負によつて通常得べき当然の利潤を受けることは、注文者が私人でなくて公の機関であるからといつて、これを否定しなければならない理由は何もない筈である。

同条の解釈はひつきよう法秩序全体の観点から、右の如き入札目的の達成と業者の保護との合理的にして妥当な調和点を見い出すことにあるものというべきである。

そのような見地に立てば、入札の目的が最も妥当な請負契約にある以上、当該工事に最も有利な事情を有する業者を選出するものである限りにおいて、談合は何ら実質的に競争入札の実を失わせ、入札目的を害するものではなく、かえつて入札制度の有する前記の如き非合理性を入札目的達成のために匡正するものというべく、また、業者の損失において利得を得ることが入札目的であり得ない以上、右談合において、最も低廉な右落札予定者の実費に通常の利潤だけ加えたものを最低入札価格とする旨協定することも許されて然るべきものといわざるを得ない。

従つて、このような見地からすれば、同条にいわゆる「公正なる価格を害する目的」とは、当該工事につき他の指名業者に比し最も有利な個人的特殊事情、例えば、当該工事の前記工事を施行していて、それに伴う飯場、事務所、資材などが工事場付近にあり転用可能なため、新たにその仮設、運搬費を要せず、また現場の地形、地質に通暁していること、資材メーカーの系列下にあつてその仕入れに便宜が与えられていること、大資本が背後にあつて、工事費用が業者の銀行借り入れによる立替え払いの場合でも、公の機関から支払があるまで長期間その負担に堪え得ることなどの事情を有する業者が、そのような事情を利して算出した最も低廉な実費に通常の利潤を加算した入札価格、しかもそれ故各指名業者がそれぞれの事情から合理的に実費を削減し合う(利潤を削減し合うのではない)競争入札即ちいわゆる「公正な自由競争」において当然落札価格となる筈であつた価格即ちいわゆる「公正なる価格」を、不当な利益を得るためにさらに引き上げるなど入札施行者たる公の機関にとつてより不利益に変更しようとする意図をいうものと解すべく、このような意図をもつてする談合だけが同条に該るのであり、利潤を無視したいわゆる叩き合いの入札の場合に到達すべかりし落札価格(出血価格)を、通常の利潤の加算された価格にまで引き上げようとの意図をもつてする協定は、公の機関において当然受忍すべきものであり、敢て刑法の干渉すべからざるものというべく、同条には該らないと解するのが正当である。

そして、このように解することによつて初めて、一方では前記の如き業界の合理的慣行を是認し、業者の保護ひいては経済社会の法的安定性の保持をはかることができるとともに、他方では何ら入札制度本来の目的の達成を妨げることなく、かえつて入札制度の実質の保護を期することができるのである。

そしてまた、右の如き解釈は、夙に大審院昭和一九年四月二八日判決(大審院刑事判例集二三巻八号九七頁)が具体例を挙げて詳細説示し、さらに東京高等裁判所昭和二八年七月二〇日判決(高等裁判所刑事判決特報三九号三七頁)。同昭和三二年五月二四日判決(高等裁判所刑事判例集一〇巻四号三六一頁)、大阪高等裁判所昭和二九年一〇月三〇日判決(高等裁判所刑事裁判特報一巻追録七五九頁)、同昭和三〇年七月二九日判決(最高裁判所判例集一一巻一三号三二三六頁)の各判例がこれに敷衍して詳論しているところであり、当裁判所もまた右の如き理由により、結論においてこれを正当とするものである。

もつとも、前記の如き談合が是認されるのは、右のように合理的な根拠を有し且つ入札目的達成の妨げとならないからであり、またその限りにおいてのみなのであつて、業界において如何なる程度の慣行となつていようとも、談合に際し落札予定者となつた者が他の譲つた業者に対し金員を供し、或は供する旨を約することは、他の業者においてこれを受くべき何らかの実質的な理由があるなど特段の合理的な事情のある場合は格別、それが単に落札予定者たり得べき地位を譲つたことだけの理由によりその対価として供されるいわゆる談合金である場合には、その額の如何に拘らず、これを是認すべき理由は何もなく、また右の如き純然たる談合金の供与されるときは、いきおい落札予定者は自己が負担すべき右金額を入札価格に見込み、或は最低入札価格にこれを加算して不当に釣り上げ、或は実費を不当に削減し工事の手続きによつてこれを捻出しようとするなど、直接間接に前記「公正なる価格」を害することをはかることとなるであろうから、特に利潤を削減してその捻出をはかる意図であつたことが認められるべき格別の事情のない限りは、原則として同条に該当するものというべきであろう。

右の如き解釈のもとに本件をみるに、前提証拠ならびに竹田政登の検察官に対する昭和四一年七月二三日付供述調書および押収してある上水道工事請負契約書綴(前同号の五)によれば、前記認定の本件各談合は、いずれも前記認定の如き業界の合理的慣行の一環として連日のように行われていた談合のうちの一であり、被告人の勤務する久保田水道もまた当然右慣行に従いこれに参加していたことから、被告人は同社営業次長の通常の業務として本件各談合に出席していたものであること、久保田水道は、草津市、石部町の本件各工事につき、いずれもその前項の第一期工事を施工しており、従つて本件各工事とも工事場に事務所、飯場などを新規に仮設する費用を要せず、第一期工事で残った資材が利用できるなど実費中いわゆる現場経費を他社より合理的に削減することができるうえに、現地の地形、地質に詳しく、また大資本の久保田鉄工株式会社直系の子会社であるため、本件各工事の資材中に大きな比重を占める鋳鉄管、石綿セメント管などを、その大メーカーである同社より販売店を通さず直接その工場から搬出し得るなど容易に入手することができ、またその代金支払も長期の手形で済ませ得るなど大メーカーの系列下にない業者より資材仕入れが容易であるほか、本件各工事の如く工事代金が竣工の数年後までの長期間支払われず、業者において銀行からの借入金によつて資材を調達して行ういわゆる立替工事の場合にも、親会社に頼つてその間の多額の金利の負担に堪え得るなど、他の指名業者に比し本件各工事につき、いずれも最も有利な個人的事情を有しており、従つて、いずれの工事についても他社に比し最も低廉な実費による入札価格を申し出ることができる者であつたこと、そのためもあつて、各工事の指名業者中には初めから落札する意図なく、積算もしないで本件各談合に臨んだ業者が多く、久保田水道以外に積算をしていた者は、草津市の場合わずかに進弘企業一社のみであり、しかも同社はさして落札を強く希望していた訳ではなく、概算の積算をしていたに過ぎなかつたので、話し合いにおいて簡単に久保田水道に譲ることとなり、石部町の場合も、昭和工業、三星設備以外の三社は全く積算をしておらず、右二社も結局久保田水道が最も有利であることを認めてこれに譲り、その結果前記認定のとおり久保田水道が各工事の落札予定者となるに至つたものであること、右各談合において被告人は、かねて同社営業部積算係竹田政登に命じ、当局より交付を受けていた各設計書および現場説明の各結果に基き、右の如き有利な諸事情を考慮のうえ、各実費の見積り額を積算させ、これに同社本社より指示されているとおりの通常のいわゆる粗利益(企業体としての組織の維持費、広告宣伝費などいわゆる本社経費と純利益を合せたもの)を、入札価格を一〇〇%とした場合一一、五%程度になるよう加算して算出させてあつた自社の入札価格をそのままそれぞれ前記認定のとおり本件各入札の最低入札価格とし、これより高額で入札するよう他社の了解を得たものであること、をそれぞれ認めることができ(なお石部町の場合、結局落札に至らず随意契約で久保田水道が請負うことになつた事実が認められるが、そのことは本件の結論に何ら消長を来すべきものではない)、他方、本件全証拠によるも、その間被告人が協定の成立したことを利して、右の入札価格を不当に引き上げようと図つたとは認められないし、また中島洋吉作成にかかる本件各工事の設計金額についての鑑定書に徴しても、被告人が右各積算において、実費を不当に多額に見積るよう図つたとは認められず、さらに前掲安井清勝の供述部分によれば進弘企業においては粗利益を一五ないし一八%になるよう加算する方針であることが認められるのであるから、被告人が計上した前記各粗利益も、まだもつて通常の利潤を不当に超えるものということはできない。

もつとも、被告人の検察官に対する昭和四一年七月二一日付供述調書の三項には、草津市の工事について、前記積算にかかる実費が実は尚一〇〇〇万円程度削減し得べきものである旨、あたかも被告人が秘かに不当な利益を得ようと図つたかの如き趣旨の記載があるけれども、右の数字は、例えば資材仕入で八〇〇万円近い利益が出るとの点については、前掲証拠によれば、資材の大半を占める前記各種パイプは大メーカー間の価格協定により実際にはメーカーの系列下にあると否とにより購入価格そのものに差異はないものと認められることからして事実に反するなど、その根拠は何ら明らかにされていないのであつて、当の積算をした竹田政登の検察官に対する各供述調書においても、何らこれに副う供述の見い出せないこと、その他一件記録より看取し得る捜査官の本件捜査態度などに照し、右記載はにわかに信を措き難いものといわねばならない。

また、証人青木幹一郎、同滝田寿夫、同増山昭男の前掲各供述および安井清勝、稲場育郎、竹田政登、卯田金治郎、佐伯茂の検察官に対する各供述調書(竹田については昭和四一年七月二三日付のもの)を総合すれば、要するに、右の者らの多年の入札経験からすると、一般に公の機関は設計金額からその五%程度を減じた額を、それ以上の価格による落札を認めない落札最高限度額即ちいわゆる予定価格とするものであり、話し合い不調により指名業者が各自採算を無視していわゆる叩き合いの入札をする場合には、通常右予定価格よりもさらに五ないし一〇%程度低い価格で落札することとなるものであることが認められ、従つてこれをそのまま本件に当てはめると、前掲証拠および押収してある草津市上水道第二期工事設計書(前同号の二)によれば、草津市の場合予定価格は設計金額二億四九五八万円の五%引き、石部町の場合は二三八〇万円の一〇%引きであつたことがそれぞれ認められるのであるから、叩き合い入札の場合は計算上、草津市の場合でさらに五ないし一〇%を減じた二億一〇〇〇万円ないし二億二〇〇〇万円、石部町の場合で予定価格程度ないしさらに五%を減じた二一〇〇万円前後程度の価格で落札することとなつたであろうとの事後判断が経験則上一応成り立つものというべく、前掲証拠によれば同様多年の入札経験を有すると認められる被告人においても、右の如き経験則はこれを有していたものと推認するのが相当であるから、被告人においてかような事後判断が可能であつたとすると、或は検察官主張のように、事前においても被告人は、もし万一話合いが不調となり叩き合い入札になるようなことがあれば、自己の前記認定の各見積価格より、草津市の場合で一〇〇〇万円ないし二〇〇〇万円、石部町の場合で一〇〇万円前後程度低い前記の如き価格で落札することになるかも知れないといつた程度の認識はこれを有していたものといえなくもない。しかし、押収してある草津市上水道関係実行予算書および石部町上水道関係実行予算書(前同号の六および一三)によれば、入札後間もなく本件各工事につき久保田水道工事部でそれぞれ算出された各実行予算即ち工事実費は、草津市については二億八一二万円余、石部町については二〇三七万円余であつたと認められること、ならびに本件各工事につき積算をしていた前掲証人安井清勝、同青木幹一郎、同岡本直之の各供述(安井については供述部分)および竹田政登の前掲七月二三日付調書を合せ考えれば、被告人の前記積算における各実費もほぼこれと同程度の額であつたものと認めるべきであり、そうとすれば、右の二億一〇〇〇万円ないし二億二〇〇〇万円或は二一〇〇万円前後などの価格は、わずかに右工事実費を賄い得るにとどまり、利潤はおろか企業体を維持すべき費用すら償うことのできない全くの出血価格であるといわざるを得ない。従つて、被告人において仮に右の如き認識があり、それ故右の如き出血価格を引き上げようと意図したものであるとしても、それはまさに、叩き合い入札による出血受注を避けるため、通常の利潤を加算した価格まで最低入札価格を引き上げようとする意図に外ならず、そのような意図をもつてする談合が同条に該当しないものであること前述のとおりであるから、被告人における右の如き認識の存否は同罪の成否に何ら関係なきものといわねばならない。

さらにまた、草津市の関係においては、本件全証拠によるも、右談合に際し被告人と他の指名業者代表者との間に、談合金と目さるべき何らかの金員授受またはその約定があつたとは、全然これを認めることができない。

しかし、石部町の関係においては、被告人および証人岡本直之の前掲各供述によれば、右談合において前記三星設備代表者岡本直之が最終的に被告人に落札予定者たり得べき地位を譲ることとなつた際に、被告人より岡本直之に五〇万円を供する約定が、両者間で為されたことが認められ、しかも岡本直之は右供述において、右金員がいわゆる純然たる談合金であつた旨明言し、被告人の昭和四一年七月二四日付、竹田政登の同月二二日付、検察官に対する各供述調書にも、一応これを認めるかの如き供述記載を認めうるところ、被告人は当公判廷においては、当初より一貫してこれを否認し、右金員は本件工事の設計料として岡本直之に支払うべきものであつた旨主張し、抗争するので判断するに、被告人の右弁解は、当公判廷において突然持ち出されたものではなく、既に右各供述調書においても、被告人については、岡本直之から、この工事は息子が設計したのだが、その設計料が要求どおりは町から払つて貰えない、それで工事の予算もうんとあるから、落札金額の三%ほど出してくれとの申し入れがあり、交渉の結果五〇万円(二、五%程度に当る)で話がついた旨の供述記載があり、右竹田についても、右交渉成立後間もなく被告人から、岡本直之は、この工事の設計は息子の不二設計がやつたが、町からはなかなか設計料をくれないので、この工事をとつて金を浮かさねばならない、というので、そんならその設計料の分をうちから出してあげるから工事を譲つてくれということで譲つてもらうに至つたものと聞いた旨の供述記載があること、前掲証拠(特に被告人の第一三回公判期日における供述ならびに押収してある前掲昭和三九年度上水道拡張工事関係書類綴中の建設水道合同委員会議事録、現場説明書および精算書)および証人青木泰三の当公判廷における供述を総合すれば、石部町当局は、本件工事の設計を右岡本直之の子孝之の経営する不二設計なる会社に委嘱したが、通例によれば同社に対し当然設計金額の三%程度の設計料を支払うべきものなるに拘らず、予算不足のため、設計料としては、とてもそれほどまでは支払うことができなかつたこと、そこで同町当局は右孝之の父である右岡本直之の経営する三星設備に右工事を落札させ、同社がそれによつて得べき純利益をもつて、右不二設計の当然得くべき設計料不足分を補填させようと考え、設計者と施工者の分離の建前から、子孝之の経営する不二設計が設計した工事に父岡本直之の経営する三星設備を指名したことはかつて一度もなく、また三星設備は屋内給水、暖冷房などの設備が専門で、もともと水道業者ではなく、その資本金、規模、工事能力などいずれをとつてみても、本件指名の他の五社に比し著しく劣り、明らかに不均合であるにも拘らず、敢てこれを指名業者に加えたこと、被告人および岡本直之は事前に、同町当局より直接または間接に、右の如く右工事の落札価格における利潤の一部は右不二設計の前記設計料不足分として本来同社に供されるべきものである旨の同町の意向を聞きおよんでいたこと、本件入札前の現場説明の際、町当局より指名業者に対し、配水池の位置変更などに伴い、工事中設計変更のあることが予想されるが、その変更設計費用は落札者の負担とするから、実費に見込んでほしい旨の申し入れがあり、被告人は、右変更設計も当然基本設計をした右不二設計に委嘱すべきものと考えたこと、被告人は、会社の規模、親子であることなどからみて、不二設計というも三星設備というも、要するに岡本直之個人に外ならないと思つていたこと、また被告人は本件受注の後直ちに、実行予算係に対して、実費に設計料として二%程計上しておくよう指示し、同係はこれに従い当初から実行予算にその旨計上していること、などの諸事実がそれぞれ認められることなどを併せ考えれば(なお渋川誠造作成の鑑定書によれば、前掲の右実行予算書中、右設計料記載の個所に別の文字を抹消した痕跡のあることが認められるけれども、右実行予算書の禀議書および前掲被告人の第五、第一四回公判期日における各供述を総合すれば、右は実行予算書作成過程における単なる書き直しとみるべく、右設計料の記載が後に改ざん記入されたものとは認め難い。)被告人は、町当局の右の意向に従い、また変更設計も右不二設計に委託することとし、右不二設計に譲与すべき右基本設計料不足分と将来同社に支払うべき変更設計料とを合せて五〇万円程度と見積り、同社に渡すのと同じと考えて、岡本直之に供与を約したものとみるべく、被告人の前記弁解は首肯し得るものであり、前記各調書その余の記載は、竹田政登についてはすべて根拠のない単なる同人の推測を述べたものに過ぎず、被告人については、前掲証拠および一件記録より看取し得る本件捜査の経緯などに照せば、談合もしたのだし、金員供与の約定もしたことは間違いないのだから、検察官がそれを談合金だというのであれば仕方がないとの迎合的態度によるものとみられ、その真意に出でたものとは認め難く、また岡本直之の前掲供述は、同人が、同条に関する前出後出の各裁判例に徴し、もし談合金を受けた者であるとすれば、同条にいわゆる不正の利益を得る目的をもつて談合したものとして、起訴されるのが通例とみられるに拘らず、何故か不起訴の恩典を受け、純然たる談合金である旨公言してなお自らは処罰を免れ得べき立場にある者であることならびに右認定の諸事実および同人の当公判廷における供述態度などに照し、到底信用し難いものといわねばならない。

従つて、このような事情のもとにおいては、右五〇万円の金員は、被告人に本件工事の落札予定者たり得べき地位を譲ると否とに拘らず、不二設計つまりは右孝之が被告人より受くべき設計料として、その父である岡本直之においてこれを受領し得る実質的な原因関係のあつたものというべく、単に落札予定者たり得べき地位を譲つたことの対価であるという以外に何らの根拠もない、いわゆる純然たる談合金とは自ら異るものというべきである。

しかも、被告人は右五〇万円を捻出するにつき、前記認定の如く、何らこれを自社の入札価格に上積みすることなく、右価格の範囲内で(将来の変更設計料については当然のことであるが)そのままこれを設計料として実費に加算させ、さらに前掲証拠によれば、本件が結局落札に至らず、予想外に低廉なほとんど利潤のない価格で随意契約をせねばならなくなつたことから、五〇万円供したのではあまりに自社の利潤が少なくなると考え、竹田政登にその減額交渉を命じたことが認められるなどの事情からすれば、被告人は、明らかにこれを、自社が得べき利潤の削減によつて捻出しようとしたものとみるべきであるから、結局右金員供与の約定をもつて、被告人に公正な価格を害する目的があつたものということはできない。

従つて、以上認定の如き事実関係においては、本件公訴事実第一、第二の各談合は、いずれも同条にいう「公正なる価格を害する目的」をもつてしたものには該らないものというべく、違法性阻却事由に関する弁護人のその余の主張につき判断するまでもなく、被告人の本件各所為は、いずれも罪とならないものといわねばならない(なお、弁護人は、本件起訴は一般起訴猶予基準に照し権衡を失しており、起訴便宜主義を逸脱した公訴権の濫用というべく、また、被告人が、久保田鉄工直系の水道業界第一人者の久保田水道の社員であるとの理由で、たゞ一人起訴されたのであるとすれば、憲法一四条の法の下の平等の規定に違反するものというべく、いずれにしても本件起訴は無効であり、公訴棄却が為されるべきである旨主張するが、前掲各証拠によるも、本件が必ずしも当然に不起訴とされるべき事案であるとはいえないし、被告人が右の如き理由だけで起訴されることになつたものとみることもできない。また岡本直之が不起訴処分にされたこと自体の当否については、司法制度の建前からして、当裁判所が判断を加えるべき筋合のものではない。従つて右主張は失当と考える。)。

ところで、検察官は、本件事案の如きは、最高裁判所の判例の見解によれば当然に同条に該当するべきものである旨主張するので、その点につき検討するに、なるほど最高裁判所第二小法廷昭和三二年七月一九日判決(最高裁判所判例集一一巻七号一九六六頁)は、上告理由に答えて、「公正なる価格」とは、当該入札において、公正な自由競争により、最も有利な条件を有する者が実費に適正な利潤を加算した額で落札すべかりし価格である、との前掲東京高等裁判所昭和二八年七月二〇日判決は、最高裁判所第一小法廷昭和二八年一二月一〇日判決(同七巻一二号二四一八頁)、同第三小法廷昭和三二年一月二二日判決(同一一巻一号五〇頁)および同第一小法廷昭和三二年一月三一日判決(同一一巻一号四三五頁)により、既に変更されたものといわねばならない旨明言しており、当裁判所の前記解釈は右東京高裁裁判例と結論において同一なのであるから、右最高裁昭和三二年七月一九日判決の右の部分のみを抽出し、抽象的にことを論じれば、或はそのようにいえなくもないであろう。

しかし、右判決の採用する各判決をみるに、右昭和二八年一二月一〇日判決および昭和三二年一月二二日判決は、単に「公正なる価格」とは入札する観念を離れて客観的に測定さるべき公正な価格をいうのではなく、当該入札において「公正なる自由競争」によつて形成されたであろう落札価格をいうとするにとどまり、「公正なる自由競争」および「公正なる価格」の意味については、何ら具体的には明らかにしていないものであるのに反し、右東京高裁判決は、夙に前掲大審院昭和一九年四月二八日判決が、「公正なる価格」とは採算を無視せざる「公正なる自由競争」により当然到達すべかりし落札価格をいうとする原審を支持し、さらに例を挙げて、客観的適正価格と「公正なる自由競争」によつて形成されるべき「公正なる価格」の相異につき詳細説示してその意味を明らかにした立論に副い、「公正なる自由競争」によつて形成されるべき落札価格として、右の如き「公正なる価格」の解釈を導きだしたものであつて、しかも、右各最高裁判決は、右大審院判決については何ら触れるところがないのであるから、果して右各判決により、右東京高裁判決がしかく明確に変更されたものといえるかは疑問であるといわねばならない。現に右のうち昭和三二年一月二二日判決は、上告理由援用の右東京高裁判決の解釈自体については、何ら言及していないのである。さらに右昭和三二年一月三一日判決に至つては、原判決によれば本件落札価格は入札施行者に対し、少なくともその三%(談合金、三〇万五三〇〇円に該る。)が、公正な自由競争によつて形成されたであろう価格よりも不利益な価格であると推認されること判文上自ら明らかであり、被告人らはこれを認識し意図し、この認識、意図のもとに協定したものと認められるから、原判決は、右東京高裁判決および当法廷判決に反する判断をしたものということはできない旨説示しているのであるから、右判決が、右東京高裁判決を変更したものといえないことは明らかであるし、また右判決によつて理解された「当法廷判決」と、右判決を援用する右昭和三二年七月一九日判決によつて理解されている「当法廷判決」とでは、その間に自ら意味あいの異なるところがあるものとみざるを得ない。

してみれば、右昭和三二年七月一九日判決は、その文言の明確なるに拘らず、その意味あいのはなはだ不明確なものというべく、また、右判決後の同第二小法廷昭和三二年一二月一三日判決(同一一巻一三号三二〇七頁)が、右判決同様説示して、上告理由援用の右東京高裁判決を斥けながら、その東京高裁判決と全く同趣旨の原審前掲大阪高等裁判所昭和三〇年七月二九日判決の判文については、何ら言及していないことなど、仔細に見てくれば、当裁判所としては、最高裁判所の見解が、果して検察官主張の如く、明確に一貫したものであるかにつき、疑問を拘かざるを得ない。

のみならず、右各判例集所収の各原判決について、その具体的事案をみるに、右昭和二八年一二月一〇日判決の原審が「本件談合は、単純に落札者のみを定め、または営業上適正な請負価格の維持などを目的としてなされたものでなく、当初より談合金の取得を意図してなされたものであることが窺えるのみならず、右の談合がなかつたら談合金分だけ安く落札したことは疑う余地がない。」とし、昭和三二年七月一九日判決の原審が「特段の事情の認められない本件においては……公正な自由競争によつて到達すべかりし落札価格が、現実の落札価格から右談合金総額を控除したもの以下であつたことを推認するに難くない。」とし、昭和三二年一二月一三日判決の原審が「本件……の協定入札者の入札金額は談合金を見込んだもの、即ち自己の工事の実費に相当な利潤を加えたものに、更にその談合金額を加算したもので、当該協定入札者の特殊事情から、いわゆる公正な価格中に含まれる自己の利潤を削減しまたは無視して談合金を捻出したものではない。」としているなど、いずれも本件とは異なり、純然たる談合金の授受がなされ、しかも実費に通常の利潤を加えた額にさらにその談合金額を加算したものを、最低入札価格とした事案に関するものであるから、右各判決は、具体的事案を異にする本件には、本来適切でないものというべきである。

従つて当裁判所としては、前記の如き当裁判所の結論は必ずしも最高裁判所の右各判決に牴触しないものと考えるし、また万一そうであるとしても、前述の如く、全法秩序の観点から、入札目的の達成と経済社会の法的安定性との調和をはかるべきことを正当と信じてこれに従い、且つ本件事案の右認定の如くであるにおいては、前記結論に到達せざるを得ない。

よつて、刑事訴訟法三三六条により、被告人に対しては無罪を言渡すべく、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷賢次 中村三郎 山崎杲)

別紙<省略>

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